2010年3月19日金曜日

『命と向き合うデザイン』 

 “友情”




今から8年ほど前に、ある課題が出されました。

「A2ケント紙(枚数制限無し)を用いて、
『友情』を表現しなさい。
ただし、切断は不可とする。」

この課題に対して、
私が出した回答には、
武者小路実篤の「友情」を背景とし、
以下の文章を、
コンセプトとして添えました。

やっぱり、何かあったのか知らん、
としか思えない文ですが。


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「友情」

もう一つの、帰省。それが許されるのであるならば、それは、友の元へであろう。すべての否定と、すべての肯定が同時に存在する場所。それが友であり、それを許しているのが友情である。優しくないのに、優しい。甘やかさないが、甘やかす。厳しくないが、厳しい・・・そういったモノのすべてがそこにはある。私、という存在を裏にして、それを目の前に見せつけられたようなもの。決してそれは、正反対の存在という意味ではない。ある時それは、自分の真理と逆を行くかも知れないが、自分の中の真と、その真が重なった時、それは何よりも強大な自信と、誇りとなって、大きな力を与えられる。
しかし、あろうことか、人間である。我々は。その不完全さは目を見張るばかりである。裏切り、妬み、嫉み・・・そんなものの集まっている場所ともいえる。友情をはるのは容易ではない。そこには何もないからだ。見事に何もない。あるのはただ、友情のみ。自らの犯した、過ちにより友情を保てなくなることなど、そうそう、珍しいものではない。だが、もし、その過ちを犯して尚、保つことができた友情があったなら、それは、まさに、すべての否定と肯定の共存する場所として、最高の輝きを持つのではないだろうか。いつかではなく、今総てを曝すことができる関係。それに対して価値など、考えるだけ無駄である。

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私の中での、
友情に対する最初の思考だったのかも知れません。