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『命と向き合うデザイン』 

 細胞シートによる治療−2

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細胞シート工学による治療における問題点をまとめてみます。再生医療全体にかかる問題点は以前もまとめました。このうち、細胞シート工学による心臓への治療と、対象を絞り込んだ場合、すでに臨床応用が始まっている点から、法的な問題に含まれる有効性・倫理性の問題は回避できています。また、生物学的な問題に含まれる実用性と安全性の問題に関しても、今後も観察は必要ですが、現状では問題は顕在化していません。残る問題として、効率性に関するものがあります。効率性に関係する問題は「固体差異」と「培養速度」、それに「同疾患発症」を挙げています。「固体差異」とは、患者の細胞によっては培養量が不足する問題です。この細胞ごと発生する差異性の原因は、いまだ不明ですが、この現象に起因する問題は顕著です。一定時間経過した後に培養量が少ない患者は、筋肉組織をもう一度改めて採取する必要があります。これは治療開始時間の遅延につながる問題である。再びゼロベースから培養はスタートされます。さらに、患者から細胞を採取するためには胸部麻酔、または全身麻酔が必要です。患者が高齢や他の疾患を抱えている場合、麻酔は決して安全な処置ではありません。その分だけ身体に負担をかけることになります。そして、二度目の採取を行い、培養をしても、規定の量まで細胞が増殖しなかった場合、本治療は受けることができません。 ・大阪大学医学部附属病院: ヒト幹細胞臨床研究実施計画書の修正について, 第51回科学技術部会資料, 2009 ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 細胞シートによる治療−1

人工物としての人工心臓埋込術について確認してきましたが、ここからは細胞シート工学を用いた心臓の治療について詳説します。現在、症例数はまだ少なく、治療方法が完全に決定しているわけではありません。また、再生医療の特徴である患者から細胞を採取するという点が最もばらつきがあるため、かかる時間なども個人差が生じやすいと見られています。おおよその流れは以下の通りです。まず、局所麻酔または全身麻酔のもと、下肢、主に大腿部から10g程度の筋肉を採取します。筋肉組織から筋芽細胞を単離し、およそ4週間かけて500平方cmのフラスコ40個分まで培養します。この時点で培養ができていない、または培養量が既定値に達していない場合は、もう一度筋肉採取から行いますが、2回採取を行ってもシートが作成できない場合は中止となります。培養は温度37℃、湿度100%、二酸化炭素濃度5%に設定されたインキュベータ内で行われます。そして、培養した細胞を集め、直径100mmの培養皿で25枚分の筋芽細胞シートを作成し、手術までの間、同様の環境で保管します。その後、開胸手術を行い、細胞シートを移植する、というのが一連の流れです。現在は、手術前・手術直後・2週間後・4週間後・12週間後・24週間後と、計6回の検査と観察を行い評価しています。 ・大阪大学医学部附属病院: ヒト幹細胞臨床研究実施計画書の修正について, 第51回科学技術部会資料, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−14

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これらは症状の程度による分類ですが、ここで人工心臓との関係を考えてみます。現行の人工心臓は各要素を体内と体外で分割して配置され、体外に設置される要素も、基本的には常に携帯しなければいけません。その点を考慮しながら現在開発が進められている各人工心臓を見てみると、例えばDuraHeartなどは肩から鞄を一つさげるだけで移動が行えますし、EVAHEARTも小型のカートを引いて移動すれば良いですが、国立循環器病センター型はポンプ自体が体外にぶら下がっている状態であり、すべての要素を持って移動することは容易ではありません。これらをICIDHやNYHAと照らし合わせて見ると、DuraHeartやEVAHEARTは社会的不利=NYHA Ⅱ度に当てはめることができると考えられますが、国立循環器病センター型は機能障害=NYHA Ⅳ度に当てはまると言えます。つまり、人工心臓は生命維持が目的ではありますが、その先にある患者の生活を維持することが最終的な目標なのだと言えます。その視点で見れば、DuraHeartは移動が難しくないと表現しましたが、何も持たずに出かけられるに越したことはなく、現在最も優れた製品であっても課題は残っていると言えます。 独立行政法人国際協力機構 課題別指針「障害者支援」, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−13

心不全の程度を表す分類に「NYHA分類」というものがあります。これはニューヨーク心臓協会(New York Heart Association)によって定められたものであり、心臓の重傷度を4種類に分類することができます。NYHA Ⅰ度「心疾患があるが症状はなく、通常の日常生活は制限されないもの」。NYHA Ⅱ度「心疾患患者で日常生活が軽度から中等度に制限されるもの。安静時には無症状だが、普通の行動で疲労・動悸・呼吸困難・狭心痛を生じる」。NYHA Ⅲ度「心疾患患者で日曜生活が高度に制限されるもの。安静時は無症状だが、平地の歩行や日常生活以下の労作によっても症状が生じる」。NYHA Ⅳ度「心疾患患者で非常に軽度の活動でも何らかの症状を生ずる。安静時においても心不全・狭心症症状を生ずることもある」。このNYHA分類と、ICIDHの関係を考えてみます。NYHA Ⅱ度以下の症状とICIDHの全分類を比較してみると、それぞれ、機能障害:NYHA Ⅳ度、能力障害:NYHA Ⅲ度、社会的不利:NYHA Ⅱ度と対応づけることができます。 独立行政法人国際協力機構 課題別指針「障害者支援」, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−12

人工心臓埋込術を行う目的は、重篤な心疾患の治療することですが、その目標とするところは患者の社会復帰です。ここで、疾患の程度によるヒトと社会の関係を分類して考えてみます。世界保健機構(WHO)は、1980年に国際疾病分類の補助分類として、国際障害分類(International Classification of Impairments Disabilities and Handicaps:ICIDH)を発表しました。この中で障害は3つの段階に分類されており、重い順に、機能障害・能力障害・社会的不利と呼ばれ、社会復帰が行えるのは多くの場合、社会的不利よりも軽度のものと言われています。例えば、「全盲の人が新聞を読めない」ということを各段階で考えてみます。機能障害(impairment):目が見えないこと(目で見るという機能に障害があることを意味します)。能力障害(disability)印刷された文字が読めないこと(目が見えないために印字を読むという能力に障害があることを意味します)。社会的不利(handicap):新聞を読めないために情報を入手できないこと(印字から情報が得られないために何らかの社会的な不利を得がちであることを意味します)。WHOではその後、2001年になって新たにICF(International Classification of Functioning)を発表し、健康を含めたヒトの健康状態に関わるすべてを対象とした分類を示しています。 独立行政法人国際協力機構 課題別指針「障害者支援」, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−11

人工心臓側の問題としては、まず耐久性が挙げられます。これは電力供給でも述べたように、一般的には何十年も連続使用するような製品は存在しません。しかし、人工心臓は当然胸腔内に収まってしまうため容易に取り出すことができません。つまり、機器のメンテナンスを行うことも容易ではなく、一度動き出してしまえば二度と簡単には取り出すことができないものです。そもそも、メンテナンスが必要であるという時点で、人工心臓としては問題であり、患者の生体を危険にさらさないためには、何十年という期間を想定した安全設計が保証されなければなりません。動作する機器における耐久性という点から工学的に考える場合、摩擦による問題が最も大きいと言えます。特に現在主流になっている連続流型と呼ばれるポンプは、回転機構で実現されているものが多く、それらの多くは回転軸が必要なものです。さまざまな解決策が講じられており、例えば、血流が入る空間とインペラを回す空間をシールするための素材などが研究されています。この問題に対して、インペラを磁気の力で浮上させることで解決しているDuraHeartは、大変優れていると言えます。他にも、生体の防護機構である排除反応などによって、人工心臓周囲に癒着が精製され、機能に影響を与えることもあります。これらも素材の耐久性として検討しなければなりません。最後に熱の問題です。摩擦などによる想定外の熱が体内で発生した場合、体内を密閉空間ととらえると熱が保存されることが一番の問題です。熱の逃げ場がない状態で、ある一点から集中的に熱が発生する場合、生体側では熱傷が生じ、人工心臓自体は筐体が熱によって破損することがあります。この問題に対して川崎が出した一つの解答は、肺動脈を、人工心臓の中でも最も熱が発生しやすい動力部に巻き付けることで、機器内部で発生した熱を肺に送る込む方法です。肺では血管は微細な毛細血管に分かれ、それぞれが肺胞を通じて外気に触れます。肺胞の膨大な面積を使って外気と体内の熱を交換し、再び冷たい血液を人工心臓に送り込むという方法です。現在、発生した熱を有効に外部に逃がす方法はこれ以外に報告されていません。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−10

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この内、人工心臓に最も影響を与えるのは血栓形成の問題です。血栓は血流に停滞箇所が発生するとその付近で形成されます。血栓そのものが人工心臓内において機器動作の妨げになることも問題ですが、それ以上に形成された血栓が血管を通過し、脳等、他の臓器の毛細血管内に塞栓をつくる方が問題としては甚大です。生体の防護機構が誘起される原因は主に人工物の表面上にタンパク質吸着層が生成され、血球成分などの細胞が付着するためと考えられています。そのため、人工心臓内の表面素材の改良に関する研究が続けられています。次に感染症に関しては体表に開けられた孔によるところが大きいです。これに対して、現在は2つの視点から研究が進められています。1つは孔の周辺のシール方法として、新しい素材の研究が進められており、もう1つは、孔を用いずにすべての要素を体内に納めるか、または経皮的に体外から必要な要素を送り込む方法の研究です。具体的には電力供給が挙げられます。心臓は1日24時間何十年という期間に渡って動作を続けなければいけません。その際に一番問題になるのは電池部の寿命です。現在、一般的な製品に用いられているリチウム−イオンなどの電池をいくら体内に保有できたとしても賄いきれる量ではありません。そこで、経皮的に体内電池に充電する方法が研究されています。具体的には体外・表皮コイルを使って、体内にある二次コイルに電磁誘導で充電する方法があります。電池も体内に埋め込むためには原子力バッテリーの実用化が望まれます。小型のものでも80年程度の運用に適応できると考えられています。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−9

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人工心臓または人工心臓埋込手術に関する問題点をまとめます。問題点は患者自身の生体に関わることと、人工心臓そのものに関わることに分類されます。それぞれ、生体に関わるものは「血栓形成」と「感染症の誘発」であり、人工心臓に関わるものは「耐久性」と「熱発生」です。これらの中でも最大の問題は血栓形成です。生体適合性という言葉は未だ定義されておらず、法律的な規制もないため、臨床家や研究者の間でも意見がわかれているところですが、その主な現象は異物に対する身体の防護機構として次の4つを挙げることができます。1)血栓形成、2)免疫応答、3)炎症反応、4)排除反応。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−8

連続流型ポンプは、高速回転によって発生する摩耗にともなう耐久性の問題と、回転軸周囲に血液を巻き込むことで生じる血液細胞破壊という二つの問題を有しています。特に細胞破壊はモーターの動作負荷を増大させ、モーター内部で想定以上の熱が発生し、人工心臓の筐体破損事故が発生する場合があります。その問題解決に成功した製品として、テルモ株式会社(本社:東京都渋谷区)の子会社であるテルモハート社(本社:米国ミシガン州)が2009年より日本国内での製造申請を行っている人工心臓がDuraHeartです。これは、磁気浮上型遠心ポンプ方式と呼ばれる方式を採用することで連続流型の問題を解決しています。具体的には遠心ポンプ内で回転しているインペラを磁気の力で浮き上がらせ、その状態で回転させる、というもので、回転に軸を必要としないため、1つ目の問題である回転軸の摩耗という耐久性、および2つ目の血液破壊と熱の問題の両方を回避しています。すでに欧州では2007年の2月にEU指令の求める要件を満たして認証であるCEマークを取得しており、同年8月から販売を開始しています。DuraHeartは体外に電池部と制御部を設けており、ケーブルを介して体内のポンプ部分と結合しています。電池部は約2kg程度で肩からバッグのようにさげることができるようになっています。日本人が中心に開発している人工心臓としてもう一つ、EVAHEART(株式会社サンメディカル技術研究所・東京女子医科大学・早稲田大学・ピッツバーグ大学共同開発)があります。こちらも連続流型の補助人工心臓ですが、電池部と制御部(コントローラ)は体外に設けています。こちらはビジネスキャリーのように引く形式をとっていますが、DuraHeart、EVAHEARTともに、体内における問題解決とともに、体外に設置される要素に対する配慮にも長けており、これは後述する人工心臓導入の目標実現に有効に働くと考えられています。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−7

ポンプが体外に設置されるものを「体外設置型(体外式)」と呼び、体内、胸腔内にポンプを設置するものを「埋込式(体内式)」と呼びます。埋込式の中でもポンプのみを胸腔内に納め、制御部や電池部を携帯するものを「体内設置携帯型」と呼び、すべての要素を体内に埋め、経皮的に体内電池に充電するものを「完全埋込型」と呼びますが、完全埋込型で実用化されたものは未だありません。人工心臓に必要な5つの機構の中でもポンプ部は血流発生という点で重要であるばかりではなく、設計の困難性が高い要素という意味でも重要です。人工心臓に用いられているポンプの機構は主に2つに分類できます。一定量の血液を一定のタイミングで拍出する拍動型ポンプと、絶えず一定量の血液を流し続ける連続流型ポンプです。拍動型ポンプとは、空気圧などを利用してダイアフラムやプッシャープレートを移動させ、血液室容積の変化により拍動流を発生させる方法であり、血液の流入・流出部には、逆流防止弁が装着されます。一方、連続流型ポンプとは、インペラ(羽根車)やコーン(円錐)を高速回転させ、発生した遠心力・揚力によって、持続的に血液の移送を行う方法であり、無拍動流とも呼ばれます。人工心臓の開発が始められた当初は自然心の模倣として、拍動型から研究が始まりましたが、現在ではポンプ機能の効率が優れている点と、機器全体を小型することが容易であることから、連続流型の研究が中心になっています。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−6

人工心臓は主に次の5つの要素で構成されています。1)ポンプ部、2)動力部、3)制御部、4)電池部、5)検知部の5つです。人工心臓はこれらの要素を、体内または体外に設置することで人工的な循環器としての機能を発現させることができます。例えば、国立循環器病センターと東洋紡績社によって開発された「国立循環器病センター型(日本で1990年に厚生労働省認可を受け、1994年から急性心不全の治療として公的保険が適用)」では、ポンプ部を含むすべての要素が体外に設置されます。そのため機器の整備は比較的容易に行えますが、患者が移動する際にはすべての機器を同行させなければなりません。この場合、現実的には一人での移動は困難なため、看護師や家族の介助が必要となります。現在日本国内で公的保険が適用されている補助人工心臓はこの国立循環器病センター型のみです。このように、体表を貫通する管が一本以上必要になると感染症の発生率が上がります。特に、国立循環器病センター型のようにポンプが体外に設置される場合、患者自身の心臓から血液を抜き取るための脱血管(インフロー・カニューラ)や人工心臓から再び心臓に血液を送り込むための送血管(アウトフロー・グラフト)が体表を貫通することになります。これらはそれぞれ太さが2〜3㎝と太く、人体への負担は少なくありません。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−5

人工心臓はさまざまな分類方法があるが、最も一般的な分類は埋め込み方から行う分類です。「全置換型人工心臓: Total Artificial Heart: TAH」「補助人工心臓: ventricular assist device: VAD、またはVentricular Assist System: VAS」の二つに大別されます。前者は患者自身の心臓を取り去り、その部分に人工心臓を埋め込むものであり、後者は患者自身の心臓を残置したまま、左心、右心、またはその両方のポンプ機能を補助する目的で心臓に取付けられるものです。主に疾患の程度によって適応になる方法が変わりますが、特に近年になってからは、VASの使用目的が一部変化してきています。患者にVASを取り付けることによって、患者本人の心臓のポンプ機能を助け、心臓の筋肉を休ませることで、心臓そのものの回復を促すというものです。この方法では、心筋の回復が順調に進んだ場合、VASは後日取り外すことができるようになります。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−4

これまでに1st、2nd、3rdモデルと提案を行っており、1stモデルは、現在モントリオール科学センターにて「21世紀人類の夢」という企画展示にて展示されています。世界中から10点だけ選出された製品であり、7年間展示されます。また、2ndモデル以降は東京大学大学院医学系研究科生体物理医学専攻医用生体工学講座阿部祐輔らとともに共同研究を進めています。その中で生まれた3rdモデルは、2008年末に初めて山羊への動物実験が行われました。KAWASAKI G5-MODEL(UPTAH-5)と呼ばれ、現在も継続して研究が進められています。世界的に見ても、デザイナー自身が人工心臓の開発に取り組んだ例は未だこのKAWASAKIモデルのみです。唯一、デザイン手法が導入された製品と言えます。従来より、医学と工学が取り組んできた領域に対して、近年ようやくデザインが学際的にとりまとめる形で導入されました。 ・artificial heart:川崎和男展, アスキー社, 2006 ・artificial heart:川崎和男展 展示記録集, アスキー社, 2006 ・Design Anthology of Kazuo Kawasaki, アスキー社, 2006

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−3

人工心臓の系譜の中には、もう一点重要なモデルがあります。大阪大学大学院工学研究科・医学系研究科の川崎和男(博士(医学))が提案した全置換型人工心臓のモデルです。川崎は国際的に活動しているデザインディレクターでもありますが、川崎が提案した人工心臓は、従来の製品が、主に「ポンプ機能」に注力した開発であったのに対し、実際の心臓に見られる「ポンプ機能」と「心機能」の連関に着目し、感情の起伏・興奮伝導系にも連関する形態デザインを想定したものです。その形態発想には、クラインボトルやダンスエッグといったトポロジー理論の基本形態を応用しています。特に、スターリング法則は、カタストロフィー理論での、鼓動方程式から、新たな「心機能」への導入を目的としています。「ポンプ機能」は、血流水冷により、モーター駆動での発熱の軽減を図り、更に各臓器に付随する分散した配置方式を検討しており、「心機能」は、交感神経との連関性を図るコンピュータ制御回路の実装を検討しています。こうした電気・電子回路の駆動には、超小型の原子力バッテリーの開発が不可欠であることも提示されています。形態検証を実現するために、「光造形システム」による形態造形を運用し、課題としては、「やわらかい素材=タンパク質的な新素材」開発が求められています。 ・artificial heart:川崎和男展, アスキー社, 2006 ・artificial heart:川崎和男展 展示記録集, アスキー社, 2006 ・Design Anthology of Kazuo Kawasaki, アスキー社, 2006

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−2

人工心臓の歴史は、他の人工臓器に比べて長く、1937年にフランス人外科医のAlexis Carrelと大西洋単独無着陸飛行に世界で初めて成功したCharles Augustus Lindberghが「The Culture of Organs」を共同執筆し、その中で人工心臓の原型となる人工心肺の開発を記録しています。その20年後の1957年、世界初の体内に埋め込む人工心臓、全置換型人工心臓の動物実験が行われました。執刀はWillem Johan Kolffの指導のもと、阿久津哲造という日本人が犬に対して行い、1.5時間の生命維持に成功しました。そして翌年にはKusserrowにより補助人工心臓の最初の実験が行われました。つまり、人工心臓は、開発が始まってから、50年以上が経過していることになりますが、未だ完全な形では実現していません。日本では1990年に初めて国立循環器病センター型と呼ばれる製品が厚生労働省の認可を得ていますが、これは国立循環器病センターと東洋紡績社の共同研究でした。同時期には東京大学とアイシン精機・日本ゼオンが共同研究を行っており、開発当初から医学と工学が密接に関わりながら製品開発を行ってきた歴史があります。また、現在、国内外を問わず、治験など臨床試験において優秀な成績を上げている製品には、日本人や日本の会社が関係しているものが少なくありません。DuraHeart(テルモハート社)やEVAHEART(株式会社サンメディカル技術研究所・東京女子医科大学・早稲田大学・ピッツバーグ大学共同開発)等がその代表的な補助人工心臓です。これらはともに海外で治験を行っており、認可を得ているため現地では販売がすでに開始されています。しかし、日本での販売はまだ許認可がおりていません。これらはいずれも補助人工心臓ですが、全置換型人工心臓としては、米国のAbioCor(アビオメド社)が2006年より販売されています。この製品は予測患者寿命は60日間であり、余命30日未満と判断された患者にのみ使用が認められているという状況で、根治治療としての導入ではなく、あくまでも延命処置というところにとどまっています。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−1

人工心臓埋込術は、人工的に製造された心臓を患者の胸部に埋め込む方法です。埋め込み方として、患者の心臓を完全に取り出して、空いた胸腔内に埋め込む方法と、患者の心臓は残したまま補助的な機器を心臓に取り付け、埋め込む方法があります。前者を全置換型人工心臓、後者を補助人工心臓と呼びます。現在、全置換型人工心臓は国内で使用できるものは開発が成功しておらず、いまだ開発が続けられています。一方、補助人工心臓はいくつかの製品が日本国内でも実際に臨床応用されていますが、生存保証期間が極めて短期間です。また、心臓移植手術および人工臓器埋込術の両方にかかる問題として、移植した生体への適合性に関するものがあります。他者の心臓や人工心臓を患者に埋め込む場合、受け入れる生体側で拒絶反応が起こることがあります。一般的に生体適合性の問題と呼ばれているが、移植手術自体が成功しても生体同士の適合性が低い場合、再び開胸手術を行い、臓器は取り出され、廃棄されることになります。このように心臓移植・人工心臓埋込術の双方に未だ問題はありますが、人工心臓の開発が成功した場合、心臓移植手術で生じている問題を全て回避することができるという点で、現在でも開発が行われています。何より、移植心を待ち望むということは、別な言い方をすれば、どこかで誰かの死を望むことと同様の意味であり、倫理面における精神的負担が計り知れません。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−12

拡張型心筋症や虚血性心筋症に問わず、末期の重症心不全など、重篤な心疾患に対しては、従来。心臓移植手術と人工心臓埋込術が行われてきました。前者は、他者の心臓を患者に移植する方法であり、心臓の提供者、つまりドナーが必要です。しかし、脳が活動していない状態で、かつ心臓が通常通り活動している状態を生体の死と認めることは未だに難しい問題であり、倫理的な課題が多いのが現実です。また、提供心臓の数そのものが、必要としている患者の数に対して絶対的に少なく、登録を行ってから、実際に移植手術が行われるまでの時間が非常に長期におよんでいます。加えて、心臓そのものが虚血状態(酸素を含んだ血液が不足した状態)に弱い臓器であることも問題です。心臓は、血流を止めて心停止保存液を入れた状態にしてから、移植が行われるまでの時間が4時間を越えると使用できなくなります。この時間は大きくは臓器によって異なり、肝臓は12時間、肺は8時間、腎臓は24時間と言われています。これは、ドナーと患者の搬送距離が影響してくることを意味しています。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−11

心臓の筋肉である心筋を構成している心筋細胞は,他の細胞と区別されます.それは他の細胞の多くが出生後も分裂し増殖するのに比べ,脳細胞と同様に出生後は増加せず減少するのみと考えられていたことに由来します.しかし,2005年にAmerican Heart Associationの学会誌にて報告された内容によってこの考えは覆されました.その報告は,骨髄細胞を心筋梗塞部に注入した結果,心筋機能が回復するというものでしたが、この発見によって心筋細胞の特異性は消失し,同時に心筋そのものは他の筋肉同様に回復可能なものであることが明らかになったのです. ここまで心臓についてまとめてきたのは、特定の疾患に対する治療を述べる際に,その対象器官の概要を説明しておきたかったからでした。 新・細胞シート工学−4 新・細胞シート工学−5 心臓の機能や構造を考慮した上で,拡張型心筋症および心筋が壊死してしまった虚血性心筋症に対する治療方法をまとめます.従来は二つの治療法が適用されてきました.心臓移植と人工心臓埋込術です.歴史は人工心臓埋込術の方が古く,最初の実験は1957年に行われています.それから10年ほど遅れた1967年,世界で最初の心臓移植が南アフリカで行われています.それぞれのうち,特に人工心臓に付いて,詳説し,細胞シート工学の優位点をまとめます. ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・R.Bolli et al., J.Am. Coll. Cardiol., 46, 1659(2005)

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−10

筋肉を動作させるための電気信号は神経系を通って各筋肉に伝播されます。神経系は中枢神経と末梢神経に大別されますが、この内、末梢神経とは中枢神経(脳と脊髄)以外の神経系を指し、さらに体性神経系と自律神経系に分類されます。体性神経系は身体の運動や知覚に関する情報のやり取りを行い、自律神経系は意志の支配を受けずに、臓器など身体の環境を維持するために用いられています。心臓は不随意筋であるため、自律神経によってその活動が調整されています。自律神経には自律神経中枢からの信号を伝える交感神経・副交感神経の二つがありますが、心臓は交感神経・副交感神経の両方によって相互に支配された二重支配の状態になっています。主に、交感神経は活動時(昼間)を、副交感神経は安静時(夜間)を管理しています。激しい運動や、精神的な負荷を受けた際に拍動数が変化するのは、この神経系を介して情報が伝達されるためです。伝達された情報は受容体によって受け取られますが、交感神経の受容体にはα受容体とβ受容体の2種類があり、それらはさらにβ1、β2などのように細分化され、受容する情報が異なります。運動などによる拍動数の変化は、交感神経によって届けられた情報がβ受容体によって媒介されて拍動数の増加につながります。β受容体の中でもβ1受容体は、主に拍動数の増加や収縮力の増加を調整しており、総じて拍出量が増大します。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−9

心臓を動作させている筋肉は心筋と呼ばれ、構築している細胞は心筋細胞と呼ばれています。心臓は連続的な心筋細胞の緊張と弛緩によって、全体として拍動運動を行っているように観察されます。あらゆる筋肉が、弱い電気信号によって収縮することは以前から知られていましたが、心筋も同様に電気信号によって動作します。ただ、骨格筋などの随意筋とは異なり、全てが不随意筋でできているため、意識化で動作させることはできません。また、他の筋肉が神経繊維によって電気信号を伝達するのに対して、心筋は、特殊心筋によって信号が伝達されます。心筋はこの特殊心筋と普通心筋の2種類が組み合わされてできています。特殊心筋は洞房結節・房室結節・ヒス束などと呼ばれ、大静脈との結合部近くにある洞房結節で発生した約50mA程度の電流が房室結節、ヒス束という順に伝達され、心臓全体が動作します。生まれた瞬間に、一番最初の電気信号がなぜ発生するのかは未だに解明されていません。また、一般的に身体的負荷や精神的負荷を受けると「ドキドキ」という表現で表されるように、拍動数の増加が自分自身はもちろんのこと、客観的にも認識できるようになります。これは電気信号の発生速度が変化することによって、普段は意識されない拍動が体感しやすい状態になったものです。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−8

心臓は全ての器官に血液を送り込むポンプです。その対象にはもちろん心臓も含まれます。心臓の内側に常に大量の血液が蓄えられていることを考えれば、そこから酸素や養分を摂取することが最も効率が良いように思えますが、ヒトの心臓はそのようにはできていません。は虫類や両生類では心臓の内側表面を使って血液から直接酸素を取り入れることができるものがいます。ヒトとの大きな違いは姿勢です。ヒトの姿勢は基本的に上体が起き上がっています。そのため、脳などの器官は心臓よりも上部に位置するため、心臓はその位置まで血液を送らなければなりません。もし、心臓の内壁に酸素や養分を吸収するための孔が存在すると、収縮期に十分な血流速度を得ることが難しくなります。そのため、ヒトの心臓は進化の過程で他の方法で血液から酸素や養分を摂取するようになりました。それが冠状動脈と呼ばれている血管であり、大動脈の付け根部分から心臓の表層に張り巡らされています。太さは2mm程度と細く、流量は血液全体の約5%程度です。しかし、心臓が消費する酸素量は全身の約20%にあたり、身体に取り込まれる酸素の約5分の1が心臓を動かすためだけに使用されます。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

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 新・細胞シート工学−7

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心臓の拍動はその血流を生み出すためのものです。血流は拍動と呼ばれる収縮期と拡張期の連続によって生まれます。収縮期には、心室内の血流が一気に動脈に送り出され、このときに血流が生まれます。そして同時に、心房内には静脈から血液が流入します。次の拡張期には、心房から心室内に血液が流入し、収縮に備えます。この時、動脈に送り出される血流の圧力を一般に血圧と言い、収縮期の血圧を最高血圧、拡張期の血圧を最低血圧と言います。人間の一生を80年とし、平均的な脈拍を毎分70回とすると、心臓は一生のうちに約30億回、拍動することになります。反復動作を行う工業製品として考えれば、現実的な数字とは言えず、品質保証することは極めて困難な回数です。また、機能している状態で外科的な治療を行うことは困難です。一時的に停止し、行われる手術は生体に対して過大な影響を与えるとともに、未だ確実な蘇生の保証はありません。よって、治療はもっぱら薬物による内科的なものが一般的になります。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・東嶋 和子, よみがえる心臓―人工臓器と再生医療, オーム社 ・日本人工臓器学会, 人工臓器は,いま―暮らしのなかにある最先端医療の姿, はる書房

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 新・細胞シート工学−6

細胞シートによる心疾患の治療方法を示すために、まず心臓の機能と構造について簡単に説明します。心臓とは血液を送り出すポンプの役割を担う内臓器官です。心臓の機能が疾患を得ると、生体に対する甚大な影響が出ます。その影響力の大きさから脳と共に重要性がよく知られている器官の一つです。また、活動の様子は触診によっても容易に確認でき、特に緊張などによる心拍数の増加は発生後すぐに体感できます。このように精神状態とも非常に関係性が強い臓器の一つであると言えます。本節では主に本論の最終的な治療対象であるヒトの心臓について概説します。ヒトの心臓は発生学の視点から見ると、静脈の一種が変化したものと考えられており、2本の血管のみで構成されている非常に単純な構造をしています。心臓の役割の一つである血流生成は、体内の全て器官へ血管を通して血液を送り込むことを目的としています。身体を構成している細胞は運ばれてきた血液中の成分に含まれる酸素と栄養分を元に、成長・生成を行っています。血液量は個人差はありますが、成人男性で平均5リットル程度であり、約50秒で体内を一周します。また、成人の血管長はおよそ100,000kmと言われており、毛細血管の分岐を考慮すればその全てが一直線に接続しているわけではありませんが、約50秒という時間で一周するためには相応の速度が必要であることが容易に想像できます。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・東嶋 和子, よみがえる心臓―人工臓器と再生医療, オーム社 ・日本人工臓器学会, 人工臓器は,いま―暮らしのなかにある最先端医療の姿, はる書房

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 新・細胞シート工学−5

虚血性心筋症とは、心筋への血液の供給が低下または途絶するために発生する症状であり、狭心症や心筋梗塞と呼ばれる疾患も虚血性心筋症の一種です。心筋へ血液を供給できるのは、冠状動脈だけであり、冠状動脈には側副血行路がないため、一本の血管が狭窄または閉塞し、血流量が不足したり完全に途絶えてしまった場合、閉塞部より先への酸素や養分の供給が不可能になります。狭窄や閉塞が発生する原因は完全には解明されていませんが、主に、血管内に血液が付着し硬化したものが血栓として血流を妨げるか、または3層でつくられている血管壁のうち、内側から1層目と2層目の間にプラークと呼ばれる脂肪の塊が生じ、これが血管の内側にせり出してくるかたちで閉塞が起こる場合があります。後者の場合、血管壁が徐々に内側にせり出してくることで狭窄が発生する場合と、血管内壁が決壊しプラークが血管内に露出することで途絶する場合とがあると言われています。いずれにしても、血管が完全にふさがる前であれば、血管拡張用の心臓カテーテルを用いて血管内の血栓等の除去、およびステントによる血行路確保や、大動脈から血栓箇所を越えて直接先端の冠状動脈へと血管をつなぐバイパス術と呼ばれる治療で血流を確保し、血行を回復することができます。治療が間に合えば、心筋自体の回復が見込めますが、完全に途絶し、一定時間が経過した場合、心筋は壊死してしまい回復できません。細胞はその種類によって、分裂できる回数が決められています。心筋細胞はこれまで一度死滅した場合、二度と増殖することはできないと考えられて来ました。 ・Richardson P, McKenna W, Bristow M, et al.: Report of the 1995 World Health Organization/International Society and Federation of Cardiology task force on the definition and classification of cardiomyopathies. Circulation 1996, 93: 841-842. ・厚生労働省大臣官房統計情報部, 平成19年 人口動態統計月報年計(概数)の概況, 厚生労働省 ・Memon IA, Sawa Y, Fukushima N, et al:

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 新・細胞シート工学−4

ここからは特に細胞シートを用いた心臓への治療について言及します。2007年に大阪大学医学部附属病院にて心筋梗塞患者への自己由来細胞シートの移植手術が行われました。この例を参考に、細胞シートを用いて治療が可能とされている心疾患についてまとめます。現在、大阪大学にて細胞シートの治療対象としているのは「拡張型心筋症」および「虚血性心筋症」の二つの疾患です。心筋梗塞はこの内、虚血性心筋症に含まれます。拡張型心筋症、虚血性心筋症ともに極めて危険度の高い、重症心筋症と呼ばれる重篤な心疾患です。心筋症は「心機能障害を伴う心筋疾患」と定義はされていますが、未だに原因がわからないものもあります。厚生労働省の発表では心筋症による死亡者数は、悪性新生物に次いで多いとのことです。また、1998年に実施された厚生省特定疾患特発性心筋症調査研究班による病院受診者を対象とした全国調査の1次調査を見ると症例数は拡張型心筋症が6341例であり、全国推計患者数は17700例にのぼります。虚血性心筋症も心筋症の中では拡張型心筋症と合わせてその大部分を占めています。虚血性心筋症は元々は欧米で多かった疾患だが、近年では、食生活の変化により日本でも増加していると言われています。拡張型心筋症とは、心筋の細胞が変質し、伸びてしまう疾患です。変質した細胞は収縮能力が失われ、心臓全体のポンプとしての機能が著しく低下します。原因は特定できておらず、国内では特定疾患治療研究事業対象疾患に指定されています。従来の根本治療は心臓移植のみでした。 ・Richardson P, McKenna W, Bristow M, et al.: Report of the 1995 World Health Organization/International Society and Federation of Cardiology task force on the definition and classification of cardiomyopathies. Circulation 1996, 93: 841-842. ・厚生労働省大臣官房統計情報部, 平成19年 人口動態統計月報年計(概数)の概況, 厚生労働省 ・Memon IA, Sawa Y, Fukushima N, et al: Repair of impa

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 新・細胞シート工学−3

細胞シートを用いた再生医学は現在、その領域を広げつつあります。すでに実施されているのは角膜組織・食道粘膜組織・心筋組織に対してです。これらは自己細胞を用いた細胞シートの臨床応用をさらに加速させる役目を担っていると考えられます。また直に歯周組織・肺組織に対する臨床応用が開始される予定です。そして、次に肝組織や甲状腺組織における種々の疾患に対する細胞シートの適応拡大が計画されています。例えば、角膜上皮幹細胞疲弊症の患者のうち、眼類天疱瘡やスティーブンス-ジョンソン症候群などの重篤な症例では、免疫抑制剤を併用しても複数回のドナー角膜移植を拒絶した病歴を持つドナー細胞に対して強く免疫拒絶を示す患者がいます。このような症例に対しては、患者本人の口腔粘膜細胞2平方mmから約2週間掛けて角膜上皮細胞シートを120平方cm程度の大きさまで培養し、移植する方法がとられており、現在のところ、治療成績は良好です。しかも、培養された細胞シートには細胞外マトリックスが残っているため、移植時に縫合の必要がなく、10分程度で角膜実質に接着されます。また、細胞シートを用いて心筋組織を再生する技術も進んでいます。心筋細胞シートを積層化することで、肉眼で確認できる程度の自律拍動を伴った高い密度の心筋組織を再構築する実験も成功しており、この再生心筋組織を心筋梗塞部へ移植することで心機能が改善することも確認されています。 ・Shimizu, T. et al. Circ. Res., 90 e40-48, 2002 ・Shimizu, T. et al. Tissue Eng., 12 499-507, 2006 ・Miyagawa, S. et al. Transplantation, 80 1586-1595,2005 ・Sekine, H. et al. Circulation, 118 S145-152, 2008 ・ 土屋利江編, 医療材料・医療機器—その安全性と生体適合性への取り組み—, シーエムシー出版, 2009 ・

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 新・細胞シート工学−2

ここで原理を考えます。温度応答性高分子は相転移温度(32℃)以上で脱水和・収縮するため、アミノ酸配列(アルギニン−グリシン−アスパラギン酸;RGD)は表面に露出します。この時、細胞は細胞膜タンパク質であるインテグリンを介してRGDを認識し、培養皿に接着・伸展できます。一方、相転移温度以下では高分子鎖は水和・伸長するため、RGDは高分子層の中に埋もれ、細胞が認識しにくくなり結合が弱まります。こういった細胞接着に関するリガンド−レセプター間の作用は、抗原−抗体や酵素−基質間などのように体内でもさまざまな形で発現しています。通常、培養皿から細胞を取り出す場合、ディスパーゼなどのタンパク質分解酵素を用いて剥離するため細胞に障害を与える可能性がありました。一方、温度応答性高分子処理された培養皿を使用する方法では、細胞間結合と細胞自身が発現する接着タンパクのファイブロネクチンやラミニン5を維持したままシートを回収することができます。これらが生体糊の役目を果たすため、回収したシートはそのまま移植する組織の表面などに接着できます。シート同士も接着可能なため細胞シートを積層化することで三次元組織も構築可能です。積層化された組織はそれ自身が産生する細胞外マトリックスのみからなるため、生分解性高分子などを用いた足場を使用した際の問題点を回避することができます。 ・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010 ・立石哲也, 田中順三: 図解 再生医療工学, 工業調査会, 2004 ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・筏義人: 患者のための再生医療, 米田出版, 2006 ・筏義人: 再生医工学, 化学同人, 2001 ・田畑 泰彦: 再生医療のためのバイオマテリアル, コロナ社, 2006

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−1

生分解性高分子などによる足場を用いず、細胞が互いに接着することでシート状になっているものを細胞シートと呼び、細胞シートを研究対象とする分野を細胞シート工学と呼びます。細胞シートの作成には温度応答性高分子であるN-イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)を表面に修飾した培養皿が用いられます。PIPAAmという物質は水中で相転移温度を持ちます。相転移温度を持つとは、ある温度を境に物質の相と呼ばれる「状態」が変化することを意味しています。このPIPAAmの相転移温度は32℃です。それ以上の温度になると高分子鎖が脱水和し、イソプロピル基間の疎水性相互作用により凝集して沈殿します(疎水性)。一方、32℃以下では水和し溶解します(親水性)。この性質により、温度変化によって修飾表面のぬれ性を制御可能になります。一般的な細胞の培養条件である37℃では表面は疎水性を示すため細胞の接着・伸展は良好です。この状態のまま、表面温度を32℃以下に下げることで表面が親水化し、細胞が自発的に脱着してきます。多くの細胞接着にはアミノ酸配列(アルギニン−グリシン−アスパラギン酸;RGD)が密接に関係していることが知られています。このRGDとPIPAAmを培養皿表面に修飾することで、細胞シートの培養から回収までを高効率で行える培養皿の研究が進みました。 ・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010 ・立石哲也, 田中順三: 図解 再生医療工学, 工業調査会, 2004 ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・筏義人: 患者のための再生医療, 米田出版, 2006 ・筏義人: 再生医工学, 化学同人, 2001 ・田畑 泰彦: 再生医療のためのバイオマテリアル, コロナ社, 2006

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 新・再生医学について−12

2009年の時点で製品化されている再生医療用細胞は皮膚・関節・角膜に限定されています。日本では再生医療製品は「ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング」の自家培養表皮「ジェイス」が、重症熱傷用治療薬として2007年製造販売承認、2008年薬価収載された1件のみです。それに対して、世界に目を向けるとGenzyme BioSurgery社などは人工皮膚のEpicelと軟骨のCarticelを販売し、人工皮膚および軟骨関連でそれぞれ10以上の製品が販売されています。ここまで見てきたように、再生医学として研究された対象を再生医療製品として実際に医療現場で用いられるためには、いくつかのフェーズが必要です。1)まず、再生医学の研究対象を用いて医師の采配の下、臨床研究を重ね、2)その中から可能性のあるものを製品化し、治験に進める。3)治験を終え、承認された対象は一般的に使用されるため、商品化される必要があります。商品となって初めて薬価収載され、さまざまな医療施設において一般的な患者に使用されることになります。この流れはつまり、研究対象は産業化されなければ医療に活用できる価値を持たないことを意味しており、このこと自体は従来の医薬品や医療機器と同様です。しかし、再生医学ではその価値を持つための販売対象が、従来医療とは異なります。 従来医療では、製造者は製剤・医療機器そのものを製品として販売しており、その製剤や医療機器が医療機関において目的の機能を果たすことが求められていた価値でした。これが再生医療では販売対象は製剤そのものではなく、製剤を医療機関内で製造するための医療機器になります。まず、一つ目の価値として、購入した医療機器を用いて目的の製剤を製造できる、ことが挙げられます。そして、二つ目の価値として、その精製された製剤を用いて治療を行えることが挙げられます。この二つが成立して初めて価値が生まれることになるのです。 ・神山祥子: 医学のあゆみ, 229, 914-919, 2009 ・小清水右一: 医学のあゆみ, 920, 920-924, 2009 ・読売新聞: 2009年11月1日, 朝刊, サイエンス蘭 ・独立行政法人医薬品医療機器総合機構: 第2期中期計画に向けた論点について<審査等業務・安全対策業務関係>, 2009

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 新・再生医学について−11

日本では医薬品および医療機器としての承認を得るため、薬事法に則った治験を行い、その有効性と安全性を確認する必要があります。医学において、人を対象とした介入研究は一般的に臨床試験と呼ばれ、その中でも新薬の承認などのために企業が行う臨床試験を治験と呼びます。薬事法の第2条第16項には「承認申請において提出すべき資料のうち、臨床試験の使用成績に関する資料の収集を目的とする試験」と規定されています。2002年に薬事法が改正、2003年より試行され、医師・医療機関主導による治験が行いやすくなったと言われています。未承認の医薬品・医療機器を適応する方法としては、医師の裁量の下で行われる臨床研究もあり、これは薬事法に則る必要はありません。2009年における世界の治験状況を見ると、再生医療が広範な疾患に適応されており、40社程度の企業から100件程度の治験が実施されています。実施件数は増加していますが、必ずしも好成績を収めているわけではありません。クローン病に対する骨髄由来間葉系幹細胞製剤の治験は中止になりました。その中でも、Geron社(米国カリフォルニア州)は、FDAに治験薬申請していた「ヒトES細胞由来オリゴデンドロサイト前駆細胞 "GRNOPCI" を急性脊髄損傷患者に異所高治療する治験」の承認を獲得し、ヒトES細胞由来細胞を用いたPhase 1臨床研究開始が決定しました。技術の未成熟さやビジネスリスクの高さから、新薬開発はベンチャー企業が行う場合が多いです。独立行政法人医薬品医療機器総合機構によると新薬の審査期間は米国で平均10ヶ月であるのに対し、日本では平均22ヶ月を必要としています。ベンチャー企業は財務体質が脆弱である場合が多く、審査期間が長期におよぶ場合、企業を維持していくことが困難です。しかし、細胞を利用した生物製剤は、ウイルスの混入による薬害問題が懸念され、承認には慎重にならざるを得ないという現実があります。 ・神山祥子: 医学のあゆみ, 229, 914-919, 2009 ・小清水右一: 医学のあゆみ, 920, 920-924, 2009 ・読売新聞: 2009年11月1日, 朝刊, サイエンス蘭 ・独立行政法人医薬品医療機器総合機構: 第2期中期計画に向けた論点について<審査等業務・安全対策業務関係>, 2009