2012年2月3日金曜日

『自己を見つめるデザイン』

 Twitterという主観性



ここ数日、こちらはドカ雪の日々です。
以前、記したように、
雪が降ったら只管雪掻き。
生きていくために必要な行為です。

しかし、一方で、私のTwitterのTL上には、
その雪に触れて喜ぶ声が。
雪がうっすらと積もったシーンを
写真で写して載せていたり、
もっと降れ〜、とつぶやいていたり。
色々なTwitterが流れて行きました。

ここで、記したいのは、
雪とはそういうものじゃない!
というようなことでは、全くなく、
Twitterとは、
一般の人が使用する上では、
極めて主観性を重んじるメディアである、
という認識についてです。

それは匿名性だから、
ということでもないように思います。
匿名性とはいえ、
一般の人が使用する上ではフォロワーの多くは、
自分の実態(変な表現ですが)を知っているため、
これまでのBBCのような
無責任さが少なくなります。

そういった点で、Twitterの内容は、
所謂「心の声」のような、
純粋な発言だと言えるのかもしれません。

もしかしたらTwitterとは、
喜怒哀楽を的確に表出させる
メディアと呼べるのかもしれません。