2015年5月1日金曜日

『memorandum』     

 惟喬親王



惟喬親王(コレタカシンノウ)のお話しを聞きました。

惟喬親王
844年〜897年
文徳天皇の第一王子。
母は紀名虎の女静子。
大宰帥、常陸・上野太守。
第四王子惟仁親王(後の清和天皇)の外戚藤原良房の力が強く、
皇位継承はならなかった。
剃髪して小野の里(山城国愛宕郡)に隠棲し、
小野宮という。
木地師の間では伝承ではその祖とされる。

伝承なども相まって、
まだ整理が仕切れておりませんが、
第一王子であったにも関わらず、
当時の摂政関白である、藤原良房に依って、
皇位を得られず、
今で言うところの滋賀県東近江市に落ち延びて行った、
とのこと。

問題はそこからです。
どうやら、極めて賢しい人だったらしく、
巻物をくるくるしているところから、
轆轤を発明したとのこと。
滋賀県の山深い地において、
轆轤を発明したことから、お椀などの生産技術が格段に向上。
その結果、木地師の地位を高めることに貢献した、
というのが大本の流れのようです。

福井において、
初めて漆の文化に触れることができました。
実家、山形にもあるにも関わらず。。。
実家では普通に「権之助塗(ごんのすけぬり)」のお皿を使っていました。

そもそも、漆器において、
中の木地をつくる人と、
外を塗る人が
異なる、ということも、
福井で学びました。

今日、聞いた、惟喬親王。
そんな木地や漆器との関わりを調べてまとめておきたいと思います。