2015年5月3日日曜日

『memorandum』     

 法要



ことばの意味を正しく理解し、
人に説明する、ということは、
なんと難しいことでしょうか。

法要、法事などとも言います。
よく、この日は法事がある、などと使われたりしますし、
実際に「法事」というイベントがありますので、
法事がある、法事が行われる、という使い方には、
間違いはありません。
しかし、では、法事・法要とは何か?
と問われた時、正確に応える自信はありません。

辞書に依れば、
・法義の枢要。教法の肝要。
・法会。法事。

一つ目の意味、既に私の中では???という印象です。
私の中での法事とは、
亡くなった方の供養の一つ。
亡くなってから数年間毎にお経を上げてもらう。
そんな印象でした。
ところが実際は「法義の枢要。教法の肝要。」、
つまり、「仏教における最も大切なこと。仏の教えの非常に大切なこと。」
と訳すことができます。

つまり、亡くなられた方のためにお経をあげることが重要なのではなく、
その中に含まれている教え、そのモノのことを、
元々は指していた言葉でした。
それが時の流れの中で次第に変化し、
結果的には行為を説明する言葉になってしまったように感じます。

形骸化、ということなのでしょう。
なんとももったいない話しです。